2010年1月14日木曜日

アメリカ-戦争する国の人びと(主な登場人物)

Episode1:High School / 高校

パブロ・パレデス
元海軍兵士。高校生に体験を語る。
スーザン・キンラン
元高校教師
バークレー高校の生徒たち
Episode2:Iraq / イラク戦争

元海兵隊 ショーン・オニールと戦友たち
2003年、イラク侵攻作戦に参加


アデール・クベイン
州兵の娘がイラクへ派遣


ダレル・アンダーソン 元陸軍兵士 2004年イラクへ派遣、2005年カナダへ逃亡




アニータ・デニス
ダレルの母







ハナン・スアレスディアス
元海軍衛生兵。ラマディへ派遣。








デニス・カイン
元陸軍兵士
湾岸戦争で劣化ウランに被爆










ハーバート・リード
イラク戦争で劣化ウランに被爆









Episode3:Gold Star / 戦死




カルロス・アレドンド
息子のアレックスがイラクで戦死








シンディー・シーハン
息子のケーシーがイラクで戦死










カルロスとシンディー
2007年のイースター
キャンプ・ケーシー










ピンク・ポリスのみなさん
ブッシュ大統領に
プロテスト






ポートランドのおばあちゃんたち
軍の新兵募集所を封鎖











Episode4:Indigenous / 先住民



ルーベン・ソリス
先住民から見たアメリカ史を語る










ディアナ・ロペス
空軍への入隊を思いとどまった







ケリー空軍基地の基地汚染に取り組むユニオンのスタッフ



ヘナロ・レンドン








ジル・ジョンストン










基地被害に苦しむテキサス州サンアントニオの住民たち




カルメロ・カシージャス
元基地労働者









ビクター・サンミゲル
基地周辺住民
甲状腺がんに苦しむ







ヨランダ・ジョンソン
子や孫が骨の異常に苦しむ













ロバートとルーペ
ルーペと娘は甲状腺がんに苦しむ






Episode5:Invisible / 見えない人びと



森に暮らすホームレスの調査










ホームレス支援施設
ブレッド&ローズ










ジョン・ラグランド
元海兵隊員
コソボへ派遣









サージ
元海兵隊員
中米に派遣










スティーブ・ローレンス
元陸軍兵士
アフガニスタンに派遣








トム・スタンフィールド
ブレッド&ローズスタッフ
元陸軍兵士












ロブ・リチャーズ
ブレッド&ローズ事務局責任者
元海軍兵士








キャンプ・キホーテ
ホームレスの自主テント村






キャンプの住人たち









ジェシー









ランディ








アニー









ビル
キャンプを支援する牧師








救世軍の給食サービスで昼食をとる若者たち











Episode6:Vietnam / ベトナムの記憶





アレン・ネルソン
元海兵隊員









ルディ・ラミレス
元陸軍兵士








ポール・マーチン
元海軍兵士







Episode7:Resist / 抵抗





マイケル・ウォン
元陸軍兵士
ベトナム戦争を拒否






ジェフ・パターソン
元海兵隊員
湾岸戦争を拒否









スーザン・スウィフト
陸軍兵士
イラクへの再派遣を拒否











アーレン・ワタダ陸軍中尉
イラク派遣を拒否












キャロライン
ワタダ中尉の母









ワタダ支援行動の皆さん








イラク戦争を拒否する兵士の家族たち




アニータ・デニス











ヘルガ・アグワヨ







Episode8:Springs / それぞれの春





ブートキャンプの新兵たち









ニューヨーク
おばあちゃん平和旅団のみなさん










パブロと詩織、二人の子供たち










ダレル
26歳の春











キャンプ・キホーテに木の家がたった














森で二人のホームレスが殺された








トム
殺人事件の現場で

ONE SHOT ONE KILL

人は人を殺せるようには、できていない。では、どうすれば、普通の若者が戦場で人を殺せるようになるのか。サウスカロライナ州パリスアイランド。米海兵隊ブートキャンプの12週間。


藤本幸久監督作品
2010年/カラー/108分
international Version 2011年/カラー/68分/日本語・英語字幕版

プロデューサー  影山あさ子
撮影 栗原良介
インタビュアー 影山あさ子
コーディネーター 福原顕志・加藤鈴子
編集 藤本幸久・栗原良介
企画・製作・著作 森の映画社字幕 影山あさ子
配給・影山事務所
上映スケジュール

入隊の動機 
毎週、ここに500人~700人の若者たちがやってくる。
海兵隊を志す個々人の動機は様々だ。しかし、共通するのは「自分自身の人生を切り開きたい」という思いだ。

★自分を変えて世界を変えたい★自分のキャリアと世界の平和のため
★自分を充実させたい★自分を鍛えたい★世界が見てみたい
★英語が勉強したい

不眠の48時間 

到着は、決よって深夜。到着するや否や、教官の怒号が浴びせられる。到着後48時間、眠る事が許されない。ます家族に電話、話してよいことは、到着の連絡と荷物を送るなということだけ。ありがとう、さようならと電話を切れば、その後、卒業まで、家族の声を聞くことはできない。常に大声で叫べと怒鳴られ、髪を剃られ、制服に着替え、翌朝にはライフルが支給される。「疲労と衝撃が、民間人から兵士への変容を容易にする」と教君たちは言う。


マーシャル・アート(格闘技) 

初めての格闘技の訓練。「どんな深手も恐れるな。相手を生きて帰すな、無傷で帰すな。これが正しい戦闘の心構えだ。分かったな!」一Yes,Sir!


銃剣の訓練 

タイヤの人形相手に刺す、殴りつける、切りつける訓練。銃の先は、本物のダガーナイフ。


ライフル射撃 

「すべての海兵隊員は、ライフルマンたれ」-ライフルは海兵隊員の誇りだ。反射的に体が動くようになるよう、何度も、何度柚同じ動作を繰り返す。兵舎の中で=日訓練が続く。ベッドに入っても訓練は終わらない。「ライフル部隊の任務は、白兵戦で、銃撃と機動力をもって敵を殲滅、撃破すること」と大声で暗誦する。卒業までには、500ヤード(457メートル)先の的に当たるようになる。


クルッシブル(卒業演習) 

卒業前の総合訓練「クルッシブル」は、3日間の野外演習。睡眠時間も限られる中、実践を想定した行軍、射撃、武術など休みなく課題が与えられる。顔に迷彩を施し、姿はもう、兵士。クルッシブルを終
えて「Recruit(新兵)」が、「Marine(海兵隊員)」と呼ばれるようになる。



卒業式 

毎週金曜日が卒業式。入隊する男性新兵の90%、女性新兵の85%が卒業する。卒業後、彼らは、歩兵学校などでさらに数ケ月の訓練を受ける。卒業生の8割は、アフガニスタンやイラクなどの前線に送られる。早ければ半年ほどで、戦場に立つことになる。ここだけで1年間に2万人が、新たに海兵隊員となる。


<解説> 

人を殺したら元の自分には戻れない。

ふるさとに帰れ、一日も早く。

影山あさ子(プロデューサー)

沖縄から、海兵隊が、イラクやアフガニスタンへ送られる。ファルージャ攻撃にも、遠征軍・2200人が、沖縄から出撃した。イラク人7000人が犠牲になり、50人の海兵隊員が戦死した。
高校を卒業したばかりだろうか。沖縄で見かける海兵隊員たちは、とても若い。凄惨な戦場とは、あまりに不釣合いな幼顔をしている。

彼らはどこから来た、誰なのだろう。なぜ、ここにいるのだろう。
パリスアイランド(サウスカロライナ州)のブートキャンプ(新兵訓練所)には、毎週、500人の若者たちがやってくる。彼らは、特別な若者ではない。「大学に進学したい」「良い仕事に就きたい」「社会に貢献したい」と軍隊に志願するごく普通の、そして大多数は貧しいアメリカの若者たちだ。

深夜にバスで到着するや否や、教官たちに怒鳴り散らされながら12週間の訓練に突入してゆく。「返事は!」「Yes,Sir!」「声が小さい!」「Yes,Sir!」「叫べ!」「Yes,Sir!!!」深夜の基地に若者たちの悲鳴と絶叫が響く。最初に教えられることは、「口を閉じよ、疑問を発するな」ということ。髪を剃られ、制服に着替え、「私」という言葉を禁じられ、個性の一切と思考を放棄させられる。そして、卒業まで、何万回も同じ事を繰り返す反復訓練。

一言で言えば、その教育は、①洗脳と、②肉体の記憶づくりである。命令には、疑問を持たず直ちに従う人格形成と、考えなくても命令どおりに動く肉体作りだ。素手で殴り殺し、銃剣で刺し殺し、ライフルで撃ち殺す。沖縄に送られてくるのは、無意識でも人を殺せる技術を身につけた若者たちなのだ。

沖縄の海兵隊員たちの顔が、それでも、なぜ幼く、屈託なく見えるのか。それは、彼らが、まだ人を殺していないからだ。戦場は、沖縄の先にある。
人を殺したら、元の自分には戻れない。
Marines Go Home.(海兵隊はアメリカへ帰れ)、一日も早く。





Marines Go Home 2008-辺野古・梅香里・矢臼別

米軍の新基地建設を11年間止め続けている沖縄・辺野古のおじいやおばあたち。20年の闘いで米軍の射爆場を撤去させた韓国・梅香里の漁民たち。40年間、北海道・矢臼別演習場のど真ん中に暮らし続ける農民。志を守り屈せずに、闘い続ける人々の姿がある。

藤本幸久監督作品
製作・著作 森の映画社


2008年/カラー/118分 2005年版HP
撮影●小寺卓矢/藤本幸久/宮崎利春/西丸栄次
録音●久保田幸雄               
編集●藤本幸久/影山あさ子
ナレーター●影山あさ子
三線・唄●金城繁 通訳●金俊河 翻訳●金成
映画のチラシへ



■沖縄・辺野古(へのこ)
人殺しの基地はつくらせない」。住民たちの体を張った座り込みと海上での阻止行動で、11年間、海兵隊の新基地建設を阻止している。


■韓国・梅香里(メヒャンニ)
50年以上、米空軍の爆撃演習に苦しんできた韓国・梅香里。住民たちの粘り強い闘いは、射爆場の閉鎖と損害賠償を勝ち取った。


■北海道・矢臼別(やうすべつ)
北海道・矢臼別にある日本一広い陸上自衛隊演習場。97年から毎年、沖縄の海兵隊が実弾演習にやってくる。川瀬氾二は、その真ん中に40年以上も住み続けている。彼を支えているのは、日本国憲法9条の存在だ。


 辺野古、梅香里、矢臼別。基地と隣り合わせに住む人の、静かな強い意志と暮らし。日本を戦争をする国にはさせない〜瀬戸際の闘いは今日も続いている。
2005年の完成から3年、新編集の2008年版には、米軍再編の日米最終合意の後も、日々闘い続ける沖縄・辺野古の人たちの姿がある。
2006年10月、日米政府は辺野古へ改めて新基地をつくることに合意。
防衛省による「事前調査」と称する作業が再び始まった。2007年5月、政府は海上自衛艦「豊後(ぶんご)」を辺野古へ派遣。海の安全を守るはずの海上保安庁も、辺野古住民の阻止行動に対して、執拗に妨害を繰り返す。2008年7月。今日も、毎日、辺野古の海へと向かう住民たち。彼らの静かなメッセージに、耳を傾けて欲しい。



逆風のなかで

澤地 久枝(作家/9条会呼びかけ人)
 
人間として、ギリギリの声をあげようとする人たちに、逆風が吹きつのる。勇気を試されるいやな「政治の季節」到来である。しかし、何十年も見事にその志を守り、屈せずに生きてきた人たちはいる。日本にも、韓国にも。

戦後六十年、さらにはこれからの計測しがたい年月、米軍の軍事基地を容認し続けるとはどういうことか。米軍基地という明白な憲法違反を日米安保条約は招来した。

北海道矢臼別の陸上自衛隊基地。その原野の真ん中に四十年住みつづけ「自衛隊は憲法違反」と大書し、憲法前文と第九条条文を屋根にくっきり書いている川瀬氾二さん。米軍の実弾射爆場梅香里で反対運動を展開したチョン・マンギュさんが川瀬さんを訪ねてくる。実弾演習は沖縄の市民生活のそばでもおこなわれ、沖縄から矢臼別へ米軍の移動訓練もある。梅香里も日本本土も沖縄も、まるで「アメリカ軍の庭」のようだ。

一九九五年秋、米兵による少女強姦事件のあと、沖縄県民空前の抗議行動から、普天間基地返還問題は日程にのぼった。だが、代替に辺野古の海上基地建設という驚くべきすりかえがなされた。辺野古の海を守るべく、座り込み九年、さらにボーリング阻止の行動がおこなわれている。本土から参加の若者は、沖縄のおばあたちの逞しい明るさに励まされ、力づけられている。

辺野古では、日本人対日本人の対決となり、米軍は他人事のようだ。施設庁の役人は平然と同胞をだまし討ちする。日米関係を冷静に見直さなければ、日ならずして日本はアジアで、世界で孤立しよう。いつまで米軍基地を許しておくのか。

米軍基地の実態、たたかう人たちの静かでつよい意志と暮らし。私たちが日頃見失っている世界がゆるやかなテンポ、丁寧な描写でしっかりとらえられ提示される。

作者たちの情熱と執念が辺野古、梅香里、矢臼別の三点を結んだ。事実を知ることは力になる。そこから知恵も勇気も生れてくるのだ。

2010年1月13日水曜日

上映の報道・感想など

1月23日から桜坂劇場(沖縄)で上映中の『ONE SHOT ONE KILL』と、1月31日に桜坂劇場で開催された関連企画・シンポジウム『沖縄のマスコミが見た世界の米軍基地』 の報告や感想などなど、以下のところからご覧いただけます。

QAB琉球朝日放送 報道部 Qリポート 
兵士はこうしてつくられる(2010年2月3日)

琉球新報
10年1月25日【金口木舌】
兵士養成の実態迫る 藤本監督作品、全国先駆け名護で上映(09年11月6日)
軍隊の実相 克明に 藤本幸久監督に聞く(2010年1月26日)

沖縄タイムス
軍隊の本質問うアングル 米海兵隊の新兵訓練撮った藤本幸久監督(09年11月5日)

タイフーンFM
ヒトワクブログ
~「アメリカ-戦争する国の人びと」&「ONE SHOT ONE KILL-兵士になるということ」のカメラマン、栗原良介さん登場!
RBCのニュース
シンポ「沖縄のマスコミが見た米軍基地」(2010年2月1日)

ブログ

「癒しの島」から「冷やしの島」へ
http://earthcooler.ti-da.net/e2671862.html
http://earthcooler.ti-da.net/e2672554.html

ヤポネシア南島通信
糸満市にある民宿ヤポネシアのオーナーさんのブログ

森口豁の沖縄日記(09年11月8日の辺野古上映についての感想)

まおの勝手におしゃべり(写真家・石川真生さんのブログ)

北海道民医連新聞・藤本監督インタビュー(10年1月5日)

本田ゆみが、社民党で駆け回る日記(09年12月15日 札幌完成披露上映会)

2009年12月16日水曜日

カトマンズ国際映画祭報告

「ONE SHOT ONE KILL」ネパールの地元紙「カンティプール」に、大きく取り上げられました!

第七回カトマンズ国際山岳映画祭のコンペ作品に「ONE SHOT ONE KILL」が選ばれ、12月7日から14日まで、ネパールへ行ってきました。

上映作品は59作品、うちコンペ作品が19作品。
地元ネパール以外に、ドイツ、アメリカ、イギリス、ブルガリア、ニュージーランド、オーストリア、インド、オランダ、フランス、アフガニスタン、フィンランドなど、26カ国の映画が上映されました。

「山岳映画祭なのに、なぜアメリカ軍の映画なの?」と思われるかもしれませんが、「山」とか「環境」のことを考えることは、すべてに繋がるのだそうで、「all categories=すべての分野」の作品のエントリーを受け付けています。

とは言え、登山や山に暮らす人々の映画が多い中、「ONE SHOT ONE KILL」は、やはり異彩を放っていました。作品選定委員会の二人の若い映画作家が、「この映画は、すごい」と、強力に推してくれたのだそうで、若い感性の作家が、気に入ってくれたことは嬉しいことです。

シェルパの映画のときは、シェルパの人たちが沢山やってきて、チベット人のお坊さんの映画のときは、チベット人がいっぱい。ネパールは多様性の国だと実感します。



←エベレストに14回(!)登ったと言うシェルパのロング・ドルジさんと。




「ONE SHOT ONE KILL」の上映は、映画祭4日目の12月13日(日)。
「とても素晴らしい題材なのに、なんでこんな下手な作りしかできないのか?」といった質問まで出る、大変ストレートなネパールの観客たちに、この映画がどう受け止められるのか、初の国際上映は、やはりとても緊張しました。

観客は70~80人。
新兵たちの奇妙な訓練の様に笑いも出たり、「マリン・コー、マリン・コー」と兵士の掛け声を真似る人がいたり、観客が映画に集中しているのがわかります。

終わっての質問は「なんでこんな映画を撮ったのか」「あなた自身は、撮影しながら訓練の影響を受けたか」「ドロップアウトする人はいないのか」「なぜ、軍隊に入るのか」といったもので、「どうやって撮ったのか?」と、あちこちで聞かれました。
「とてもよかった」と幾人かに握手を求められ、初めてホッとしました。「すごい映画を持ってきてくれてありがとう」と主催者の方にも言っていただき、嬉しかったです。「日本語の勉強をしている」という若者には、サインを求められましたが、慣れないので、少々気恥ずかしいものでした。

受賞作品は順当に、エベレスト登山隊のために働いているシェルパの仕事と生活を描いた「Sherpas-the true heroes of mount Everest」(ネパール映画、面白い!)をはじめ、山の映画たちでしたが、ネパールの出稼ぎ者を描いた「In search of the Riyal」なども、とても印象に残りました。

カトマンズ滞在中、イラクやアフガニスタンに出稼ぎに行った人たちの話も聞くことができ、戦争と軍隊を支える国際的な貧困と格差の構造を垣間見ることができました。

望外に嬉しかったことは、地元の最大紙「カンティプール」(発行部数25万部)に「ONE SHOT ONE KILL」が大きく取り上げられた事でした(写真上)。(宿泊先のホテルの従業員や親しくなった地元商店街の皆さんにも「載ってるよ~!」声を掛けられました)

以下が、記事の内容です。
私たちの思いが、きちんと伝わっていると実感しました。


(カンティプール紙2009年12月14日)
【アメリカ軍を見る日本の眼差し】

イラクやアフガニスタンで、戦争が繰り広げられる最中に、誰がアメリカ軍に入ることを願うだろうか。戦場へ行こうと誰が思うだろうか。そう願う者たちが居る。

最も驚くべきことは、入隊する列に並ぶ彼らが、やっと高校を卒業したばかりの青年たちだと言うことだ。なぜなのか。
日本の映画監督・藤本幸久が、これを「ONE SHOT ONE KILL」という映画にした。

カトマンズで開催中の国際山岳映画祭で、「ONE SHOT ONE KILL」は、4日目に上映され、入隊する若者たちの胸の内を描いている。
映画は、米海兵隊ブートキャンプに若者たちが到着するところから始まる。高校を卒業したばかりの若者たちは、厳しい訓練の中、自分たちの思いを少しずつ歪められ、自らの自由な考えや発想を、徐々に奪われてゆく。そして、上官の言うことにすべて従うようになってゆく。まるで機械のように。
それでも「訓練を楽しんでいる」と一人の青年が言う。「楽しんでいる」と。

海兵隊の12週間の訓練を描いたこの映画が、指摘するのは、とても深いものだ。
青年は、米国への愛国心のために戦場へ行くのだろうか。彼らは、テロとの戦いのために戦場へ行くのだろうか。そうではない。彼らが戦うのは、そんな気持ちからではない。貧困と限られた選択肢が、彼らをそうさせているのだ。
アメリカ軍が、貧困によって支えられていることを指摘するこの映画は、同時に、兵士の輸入・輸出の問題の重さについても、目を向ける。

映画の始まりと終わりは、とても芸術的だ。冒頭、夜空には月が光っている。そして、その月の下で青年たちが、海兵隊の訓練をしている。その青年たちが、12週間の訓練を終え、イラクやアフガニスタンに送られるとき、夜空の月も消えて、映画も終わる。

藤本監督は、戦争は何かを生産するのではなく、何かを破壊するものだということを表現したかったのだろう。アメリカ人が、どのように死んでいくのかと言う事を外の世界へ知らせたことが、藤本監督の最大の成功である。

「日本の米軍基地の中にも、たくさんの若い兵士たちが居る。」108分の映画の終わった後、プロデューサーの影山あさ子が語った。なぜ、このようなことが起こるのか-そんな思いがこの映画には込められている。

アメリカ(人)が殺される、とても痛ましい景色の後、この日、映画祭では、失われてゆくブルガリアの小さな村の話をLlian Metevが監督した「Goleshovo」が上映され、他にマナスルを探検するCarsten Maaz監督の「マナスル・エクスペディション」、インドのクマウという場所で自らの文化を守ろうとしている人びとの姿を描いたChinmaya Dunster監督の「Smiles from off the road in the Himalayas」などが上映された。


【名前はアサコ!】
「あなたの名前は、希望に満ちていますね」-そう言うと日本の青年(ママ)・影山あさ子は、とても嬉しそうだった。


(影山註:ネパール語で、アサは、「HOPE(希望)」という意味で、アサコと続くと、with hopeになるのだそうだ)

日曜日の朝、彼女の作ったドキュメンタリー映画「ONE SHOT ONE KILL」の上映前にタメルのマンダップホテルで話を聞いた。
日本の札幌と言う都市に住んでいるアサコは、ドキュメンタリー映画製作を仕事としている。農学修士号を持つアサコは、KIMFF(カトマンズ国際山岳映画祭)に、初めて自分の作品を持ってきた。

「私がネパールについて知っているのは、二つのこと-と彼女は、日本訛りの英語で話す-山とマオイスト」だと。でも、カトマンズがこれほど忙しい街だということは、考えてもいなかったそうだ。米海兵隊を描く厳しい映画の前に、「アメリカばんざい」「アメリカ-戦争する国の人びと」「Marines Go Home 2008」などの映画を手がけている。

彼女によると「日本では、映画製作者は、絶滅危惧種」だそうだ。「商業ベースは、いざ知らず、私たちのようなドキュメンタリーの自主制作は、かなり厳しいです」「日本には、いまだにたくさんの米軍基地があり、世界中に影響を与えていますが、そんな状況の中に、私たちのドキュメンタリー映画作りもあります」と語った。