2020年8月26日
森の映画社 取締役 藤本幸久(原告)
森の映画社・共同監督 影山あさ子
「主文、原告の請求はいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。以上。」
山口和宏裁判長はそれだけ言うと、くるっと後ろを向いて法廷を出てゆきました。「山口さん、証拠資料をちゃんと読んだの!?」と問う傍聴者の声に耳を貸すこともありませんでした。
2020年8月5日、那覇地方裁判所の森の映画社・沖縄県議会取材拒否事件の一審判決は、原告・森の映画社の敗訴となりました。折からのコロナ禍の中、傍聴席は13席。抽選に漏れる方もあり、普段なら8席も記者席をとるのか!と怒るところですが、記者席も7席まで埋まり、地方議会の公開性、取材・表現の自由を問う注目裁判であったことがうかがえました。残念ながら、敗訴となったことでメディアの報道はありませんでした。
2017年7月の出来事
森の映画社が沖縄県を訴えることになったのは、辺野古新基地建設に関わって、岩礁破砕差し止め訴訟の提起が沖縄県議会の議案となった2017年7月、沖縄県議会の本会議の撮影を拒否されたことに始まります。
7月14日に県議会本会議で審議と採決が行われることになり、取材・撮影したいと7月10日に県議会に問い合わせました。「申請用の書式はないが、先例があるので、その例をもとに書類をつくって出していただきたい、それを議会運営委員会にも諮って進めたい」と言われ、文書を作って提出しました。
議運は13日でしたので、13日の午後、議会事務局に問い合わせると「議運では一致せず、議長一任となった」との返答で、その日の夜、議会事務局から電話で「不許可」の連絡がありました。議長に連絡を取り再考を求めてほしいと伝えましたが、事務局から再度の連絡はありませんでした。
翌朝、14日、藤本幸久監督と撮影スタッフ2名で議会事務局を訪ねましたが、議会事務局の説明は、議長が判断したと繰り返すのみで、取材をさせない理由については一切、説明がありませんでした。議長に面会を求めましたが、拒否されました。「議長に確認して連絡するので、待つように」と言われたので、議会事務局で待っていましたが、連絡もないまま、本会議が始まりました。
本会議の様子を議会事務局にあるモニターで見ながら、連絡を待っていたところ、ドイツのテレビ局特派記者のデグスマン氏が、本会議の撮影許可を求めて議会事務局にやってきました。彼は口頭で取材許可を求めましたが、議事課長は「事前に文書で申請がされていない」との理由で、取材を許可しませんでした。
デグスマン氏は、「通常、どこの国でも記者証を持っていれば、取材を拒否することはない、とりわけ議会は公開が原則の場所である、再度、議長に確認してほしい」と伝えました。議会事務局が議場に行き、その旨を伝えましたが、議長からの返答は「会議中なので、協議も許可も出来ない」というものでした。
取材を拒否されたデグスマン氏は、仕方なく、議会事務局のモニターに映る本会議の様子をビデオ撮影していました。議会事務局は「庁舎管理権」を理由に、デグスマン氏が撮影していたモニターのスイッチを切りました。
沖縄県議会記者クラブ加盟社にのみ自由な取材を認め、それ以外の者には理由も示さず取材を拒否することは差別です。憲法で保障された国民の知る権利、報道・取材の自由、表現の自由の重大な侵害です。これを受け入れることは、私たち、森の映画社のメディアとしての自死にも等しいことです。
本来、最も開かれた場であるべき県議会本会議で、今後、このようなことがないよう、また、沖縄の意志と志を日本中、世界中に伝えることを願っているはずの翁長知事(当時)と沖縄県民の意志を汲む運営がされる県議会になることを願って、2017年8月、裁判に訴えました。(議長や議会に違憲行為を認識し、今後の対応を変えてもらいたいということが目的ですが、法制度上、国家賠償法に基づく沖縄県を被告とする損害賠償請求の形をとる裁判となりました。)
提訴後、2018年に今後の県議会本会議の取材を森の映画社に認めることで和解を提案しましたが、「判決を待つ」と沖縄県は拒否。仮処分も申請しましたが、認められませんでした。
裁判の判決―6つの争点
裁判の判決には、以下の6点が争点として示されました。
①この事件は司法審査の範囲かどうか。
(沖縄県は、この事件は、県議会内部の自律性に任せるべき事で、司法審査の対象にならないと主張。)
②森の映画社は報道の自由、取材の自由を有するかどうか。
(沖縄県は、森の映画社は報道機関ではないので報道・取材の自由を認める必要がないと主張。)
③傍聴者に録音・録画を認めず、撮影の可否を議長にゆだねる規則の違法性、違憲性
④森の映画社に取材を認めなかった議長判断の違法性、違憲性
⑤議会事務局の対応の違法性
⑥損害の有無、損害額
裁判所はこの事件を司法審査の対象と認め、森の映画社は報道の自由、取材の自由を有する報道機関であると認めました。
森の映画社は報道機関ではない?
民事事件なので、書面のやり取りが続けられてきましたが、「森の映画社は報道機関でない」、「映画は勝手に編集するから報道ではない」、「森の映画社は資質と能力に劣る」・・・と繰り返し主張する沖縄県には頭にきました。
沖縄県議会の取材拒否事件以降、このままで取材ができないと、森の映画社は沖縄県政記者クラブ、沖縄県議会記者クラブに準加盟しました(沖縄タイムス、琉球新報の推薦、加盟社14社中12社の賛成で)が、記者クラブ加盟社になった後も、「準加盟社は、加盟社より資質と能力が劣る」と主張しました。
しかし、裁判所は「ドキュメンタリー映画も国民の知る権利に奉仕するという側面があり、報道の自由、取材の自由を有する」と認めました。森の映画社が長年、沖縄で取材を行い、これまで、知事や大臣の会見なども取材してきたこと、米国取材ビザを取得し、米国防総省から取材許可を得て海兵隊基地内の取材を行ってきたこと、IAEA(国際原子力機関福島閣僚会議を記者証を得て撮影してきたことなど、裁判所は丁寧に事実認定をし、森の映画社は報道機関であり、「報道の自由、取材の自由を有する」としました。「ドキュメンタリーは報道」と裁判所が認めたことは、大きなことでした。
全国38の地方議会は自由な録音・撮影を認めているのに・・
ところが、後半、争点の③~⑥については、いずれも原告の主張は認められませんでした。全国では、38の地方議会が傍聴者に対し、自由な撮影・録音を認めています(早稲田大学マニフェスト研究会調べ)。県議会では、鳥取県、三重県、大分県が含まれます。また、東京都、福島県、大阪府など、いずれも記者クラブに所属していないメディアに取材・撮影を認めている議会がたくさんあります。IWJ、OurPlanetTVやフリーランス記者の方々に、取材事例を教えていただき、早稲田大学マニフェスト研究会の調査結果と併せて、証拠として提出しました。
しかし裁判所は判決で、「地方自治の本旨からは、国政よりも高いレベルの議会の公開が進められるべき」、「撮影拒否の判断が議長による自由な裁量にゆだねられると解することはできない」と認めながら、沖縄県の傍聴規則も、議長の判断も合理的と認めてしまいました。議会事務局に撮影申請の書式がなかったことも、過去事例を紹介し、傍聴規則を見せたから問題ない、不備はないと。
びっくりです。たとえ敗訴でも、せめて、“規則が違法とは言えないが、記者クラブ以外の取材者の申請に際して今回のようなトラブルにならないよう、きちんと基準と手続きを整備するように”というような内容を含む判決が出るのはないかと思っていました。
新里米吉議長の判断は?
2020年1月の証人尋問の際、取材拒否した新里米吉議長は、以下のように証言しました。
*「“映画会社”からの取材申請は初めてだったので、議長が勝手に判断してはいけないと議運にかけた。しかし意見はまとまらず、議長判断に委ねられ、『規則と先例』にのっとって慎重に判断した」
*(「規則と先例とは?」と問われて)「記者クラブ以外は取材を認めないこと」
*「森の映画社の撮影を許可すれば、有象無象のいろんな団体が申請してきて、議会運営に支障をきたす。議場が混乱して秩序維持が難しくなる。」
*「マスコミではないので、都合の良いところを切り取って流される懸念がある」
*「議員が圧力を感じて、自由な発言ができなくなる」
*「眠れないほど悩んで考えた」「当時の判断は正しかった」
実際には、記者クラブ非加盟だったOCN(沖縄ケーブルネットワーク)や沖縄県の高校生の取材・撮影が認められている先例があります。また、議運にかけることは規則ではありません。仮に取材者が殺到しても、抽選、先着順他、いくらでも方法があります。また、議場を混乱させる事態が生じれば、退出を命じるのが議長の権限でもあります。「都合の良いところを切り取って流す」ことが問題ならば、テレビも成り立ちません。編集という作業は、映画も、テレビも、映像メディアには不可欠の作業です。
沖縄県議会記者クラブ以外に取材させなくてよい、という判決
しかし裁判所は、
①新里議長は規則に従って対処したので裁量権の逸脱はない
②記者クラブ以外の取材者を入れると議場が混乱する可能性がある。
③取材者に資質が備わっているか、議長は判断できないので、資質が担保されたと考えられる記者クラブの取材だけに限定してかまわない
と、県の主張を丸ごと認めました。
丁寧な事実認定が行われた争点の①②に比べても、とても乱暴で飛躍した認定です。
2017年7月に取材申請をした際、県議会には申請する書式もなく、定まった申請方法もありませんでした。森の映画社の取材実績も問われず、また、取材にあたっての確認事項・禁止事項などの説明も一切ありませんでした。しかし裁判所は、傍聴規則と先例録さえ備えておけば、そうした対応にも不備はないと認めています。
終わりに~控訴しました
取材したい人には規則を見せればよい。先例は沖縄県議会記者クラブのみだから、沖縄県議会記者クラブだけ認めればよい。報道機関として資質と能力を備えていても、議長はそれを判断できないから、機械的に取材を拒否してよい。
判決はそのように読めるものでした。記者クラブのみに閉ざされた“安心・安全なメディア”による報道だけでよい。沖縄県議会記者クラブに所属していないのですから、TBSが来ても取材はできません。日本以外に記者クラブ制度はないのですから、CNNやBBCがきても、当然取材はできないでしょう。
私たちの取材拒否事件以降も、記者クラブ非加盟の取材者が「記者クラブ以外認めない」との理由で、本会議の取材を拒否されています。原告の藤本監督が1月の証人尋問で証言した通り、国際的な取材のスタンダードは「許可制」ではなく「登録制」であり、日本の多くの地方議会で記者クラブ以外の取材を簡易な手続きで認めています。
沖縄県政記者クラブ、沖縄県議会記者クラブに加盟した現在、森の映画社は沖縄県議会の本会議も委員会も自由に撮影できるようになりました。
証人尋問の際、「それでも訴訟を続ける理由は?」と聞かれて藤本監督は、「森の映画社だけが取材できればよいのではない。日本やアメリカを相手にたたかう沖縄県、沖縄県議会が、もっと開かれた場所になり、沖縄の声をもっと広く伝えてほしいと願っている」と話しました。
敗訴となったものの、勝てる内容を持った裁判だった思います。それだけの闘いを作ってくださった弁護団の皆さんの力は、本当に大きなものでした。
裁判所へ傍聴に駆けつけてくださったみなさん、取材事例を提供していただいた皆さん、応援してくださった皆さんに、心から感謝申し上げます。
今後は控訴審です。福岡高裁那覇支部での裁判です。引き続き関心を寄せていただきますようお願い申し上げます。
追記:この記事を書いている私(森の映画社作品の共同監督・影山あさ子)も判決当日は、抽選で傍聴券を得て判決を聞きました。裁判の当事者席には、有限会社森の映画社の役員と代理人しか入れません。県政記者クラブに所属していても、司法記者クラブに所属していなければ記者席には座れません。司法記者クラブにお願いしても「権限がない」と断られます。裁判所にお願いしても、記者クラブ所属社しか認められません。この裁判は、裁判所の慣行にもチャレンジする内容を持ったものだったのだと感じています。
追記2:沖縄県議会は定例議会が閉会すると、議長が記者クラブの記者のインタビューに答えます。定例会ごとに「議長ティータイム録」として沖縄県のHPに公開されています。2017年7月14日に森の映画社拒否事件について語る新里米吉議長のティータイム録は、以下にあります。あわせてぜひ、お読みください。
https://www.pref.okinawa.jp/teatime/documents/2906.pdf
追記3:沖縄県が「資質と能力が劣る」と主張した沖縄県政記者クラブの準加盟社は以下の通り。
ラジオ沖縄(ROK) 、エフエム沖縄、沖縄建設新聞、宮古テレビ、宮古毎日新聞社、八重山毎日新聞、宮古新報社、沖縄ケーブルネットワーク (OCN)、八重山日報社、石垣ケーブルテレビ(株)、森の映画社、西日本新聞社
<弁護団のみなさんから>
弁護士 斉藤 道俊
「地方自治は民主主義の学校」と言われています。その地方自治における最も重要な機関が地方議会です。地方議会の本会議の公開が国会の公開と同様に、憲法により要請されているのもそれが理由です。そして報道の自由も議会公開の内容です。ですから、報道のための取材の自由の保障も極めて重要になります。しかし、沖縄県議会、議長、議会事務局にはこれらの理解が、根本的にないとしかいいようがありません。
今回の判決は、この極めて問題のある沖縄県議会のやり方を安易に追認したものであり、是認することは到底できません。民主主義と基本的人権尊重に対する沖縄県議会と那覇地裁裁判官の意識の低さをこのまま放置することはできません。
このままにすることは、日本全国、そして世界に沖縄の米軍基地問題を知ってもらいたいと考えている沖縄県や沖縄県民にとっても、不幸なこととだと思います。
弁護士 川田 浩一朗
今回の判決において、裁判所は、国民の知る権利、報道の自由、取材の自由の重要性を述べ、ドキュメンタリー映画制作会社である森の映画社にも、これらの自由が認められるとしました。また、裁判所は、地方公共団体の議会の会議の公開は、憲法上の明文規定はないものの、憲法上の要請に基づくものであることや、報道機関による会議の撮影は尊重に値すること、県政記者クラブに所属しない森の映画社の取材の自由も尊重に値すること等を認めました。
ところが、 今回の判決は、本件規則及び議長の処分が、森の映画社の表現の自由、報道の自由、取材の自由等に対する不当な制約となっているかどうかについて、それが合理的かどうかという基準で審査することとしました。その結果、本件における規則及び議長の処分は違憲ではないと結論付けました。
憲法上保証される権利・自由も無制限に絶対的に保証されるものではなく、一定の制約に服することは止むを得ません。しかし、憲法21条で保障される表現の自由及びその精神に照らして尊重される報道の自由は、民主政治を支える極めて重要な権利であるうえ、一度不当に制約されてしまうと、言論が封じられるため、民主政治の過程で権利の回復・修正ができなくなってしまいます。そのため、これらの権利に対する制約が許されるかついては、厳格な基準で判断すべきものとされています。
今回の判決のような緩やかな基準により、表現の自由や報道の自由が制約できるとするのであれば、健全な民主政治を維持していくことはできないと考えます。
そこで、この点について、福岡高等裁判所那覇支部での判断を求めて、控訴することとしました。
冒頭で述べましたとおり、こちらの主張が認められた部分もあり、そのことによって控訴審での争点が絞られ、主張すべきところに集中できることにはなりました。しかし、まだまだ裁判は続きます。今後も、引き続き、皆様に応援いただければ幸いです。
弁護士 山口 耕司
今回の那覇地裁の判決は、重要な部分で、被告の主張をそのまま採用するような内容です。「記者クラブ所属の会社以外には県議会の取材を認めなくとも問題ない」と言っているもので、人権保障に対する意識が低いと言わざるを得ません。
影山さんの報告にお名前が出てくる、ドイツ人記者のデグスマンさんは「民主主義国家では、税金で運営されているものは、国民に公開されるのが当然だ」とおっしゃっていました。民主主義国家では、政治家や公務員が行っていることを国民や住民がきちんと知り、その情報を次の選挙の際の投票行動に活かす必要があります。
しかし、今回の判決のバックには、「議会で扱っている情報は、議会のもの」という認識があると言わざるを得ません。これでは、自分たちに都合のいいことを報道する会社だけに情報を渡すことも可能になり、健全な民主主義は成立しません。
さらに言えば、影山さんの報告にもありますが、地方議会よりも厳しい取材規制をしているのは、実は裁判所です。裁判所は、司法記者クラブ以外の者には、敷地内での撮影をすべて禁止しております。地方裁判所所長や高等裁判所長官の就任あいさつなども全て記者クラブの記者だけで行い、フリーの記者は一切入れていないと聞いております。
このような立場の裁判所が、地方議会に対してだけ「すべての住民に議会を公開すべきである」と言えるはずがありません。そのような判決を書けば、「裁判所も記者クラブ以外にも公開せよ」と言われるからです。裁判所の閉鎖的な姿勢が、この判決に端的に現れていると思います。
このような状況ですので、控訴審において、どのような判断がなされるのかは不透明です。しかし、そうだとしても控訴もせず、那覇地裁の判決を受け入れることもできません。今後とも、温かなるご支援を賜れればと存じます。